鎌倉新聞は鎌倉の魅力的な人・お店を深く取材している地域密着型ウェブマガジンです。

一般の人が「発信したい」ことを取材する『オーダーメイド取材』とは〜出張!伝える人になろう講座 in 鎌倉〜

堀さん高橋さんツーショット
 
今回は、7/21(土)に鎌倉新聞主催で円覚寺の境内・仏日庵で開催した「出張!伝える人になろう講座 in 鎌倉〜ジャーナリスト/キャスターの堀潤さん・恵比寿新聞高橋ケンジ編集長から学ぶ〜」の模様をお送りします。
 
伝える人になろう講座in鎌倉集合写真
 
このイベントは、ジャーナリスト/キャスターの堀潤さんと恵比寿に密着したローカルメディア『恵比寿新聞』高橋ケンジ編集長が恵比寿で定期的に主催されている『伝える人になろう講座』の出張版として開催しました。
 
鎌倉が地元でもある堀潤さんが、ある日こんなことをFacebookに投稿。
 
堀さんFB投稿
 
そこに、「鎌倉でも情報発信されている方が多いのでお願いしたいです…!」とコメントしたところ、堀さんが快諾いただき開催に至ります。
 
「伝える人になろう講座」は、発信するにあたって重要な「大きな主語より小さな主語」「オピニオンよりファクト」とは何か、というところから学び、
 
ワークショップを通じて情報発信のスキル・伝えるスキルを身につけることができる講座です。
 
※2018年9月15日追記:堀潤さんご本人から嬉しいツイートが!


 
ジャーナリスト/キャスター・堀潤とは!?
 
堀潤さん
 
ご実家が鎌倉にある、ジャーナリスト/キャスターの堀潤さん。
 
元NHKアナウンサーで2013年にNHKを退局し、NPO法人「8bitNews」代表に。
 
現在、TOKYO MXで放送されている毎週月〜金あさ7時〜8時30分「モーニングCROSS」のキャスターや、J-WAVE「JAM THE WORLD」木曜ナビゲーター、Abema Prime 水曜レギュラー、またYahoo!ニュース個人などで多数連載中です。
 
また2018年3月には自著『SNSで一目置かれる 堀潤の伝える人になろう講座』を刊行。
 
発信するにあたっての基本的なところから、テクニックまで重要な要素が全てこの本に詰まっています。
 
SNSで一目置かれる 堀潤の伝える人になろう講座
 
恵比寿新聞編集長・高橋ケンジとは!?
 
高橋ケンジさん
 
恵比寿新聞編集長の高橋ケンジさん。鎌倉新聞は恵比寿新聞髙橋さんご協力のもと誕生しました。
 
恵比寿に密着したローカルメディア「恵比寿新聞」を2009年に立ち上げ、広告収入型メディアではない地域応援型プロジェクトメディアを確立。
 
また渋谷区初の地域子育てコーディネーターとして2016年から渋谷区非常勤職員として従事しています。
 
ビルの屋上やベランダ、学校などの教育機関等のスペースを畑や田んぼとして活用する、都市型農的ライフスタイル=アーバン・ファーミングの輪を拡げる活動を行っているNPO法人Urban Farmers Clubの代表も務めています。
 
堀さんがLINEのIDを公開する真意
 
堀さん高橋さん
 
堀さん
最近、僕と高橋さんの2人で一緒に西日本豪雨災害での現場を回っていまして、この間一緒に岡山に行きましたよね。
    
高橋さん
あと広島も。
 
堀さん
はい。
    
高橋さん   
前回は中心的に岡山の北区と東区でしたっけ。
 
堀さん   
うん。昨日、岡山県の高梁市っていう山間の地域に行ってたんですけど、とにかくあんまり報道がされないんですよね。
 
どうしても豪雨災害の現場っていうと、今岡山の真備町って聞くかもしれないです。広島だと呉市。どうしてもこう報道が一か所に集中してまう中、熊本地震以降僕は自分のLINEを開放して、もし発信したいという方がいたら、僕のところに連絡をくださいと発信しているんです。
 
報道されていない現場があるんだったら、一緒になって発信しましょうと。そこに僕も訪ねるし、事前に。
    
高橋さん
物理的にLINEを開放するってどういうことなんですか?
    
堀さん
もうすごいシンプルで、TwitterとかFacebookで自分のLINEのIDを公開するんですね。
     


※編集部注:ツイートは2018年9月6日に発生した北海道地震を受けてのもの。 
    
これは普段使っているLINEのIDなんです。
 
ここに、「堀さん、この現場が全然報道されていませんと、ここの現状をぜひ発信してください」と来るんです。
 
分かりました、では写真とか動画はありますかとお伺いするんです。
   
そもそもこれご本人ですかと。この現場の情報は正しいですかと。僕の方でどんどん確認していくんですね。
 
やはりこの東日本大震災以降、いざとなったらSNSで発信ってだいぶ定着したじゃないですか。
        
高橋さん
しましたね。
    
堀さん
でもね、蓋を開けてみるとデマや古くなった情報、あとは一歩的な思い込みなどが多くある。
     
その中に、本当のSOSが埋もれちゃってるわけです。
        
高橋さん   
うーん。
    
堀さん   
次に、リテラシーも段々上がってきて、SNSで「あ、これツイートしよう!」って思う瞬間に、でもこれ本当かなぁって思って気にするようになってきた。
 
今度はでも疑心暗鬼が生まれるんですよね。じゃあこれどうなの?どっちなの?本当なの?って。
 
でも本当にこう今すぐSOSを発信してキャッチして欲しい人にとってみたら、すごくワンテンポツーテンポ遅れていくじゃないですか。
        
高橋さん     
うんうん。
    
堀さん  
そこに対して、やはり僕らメディア人が関わらなきゃいけないなていうことで、まずそのSNS上の情報を整理していきましょうと。
 
なので、本当のSOSはまず僕の所へ連絡くださいと。
 
皆さんは家族の方、ご親族の方、ご友人の方で、こう伝えて欲しいっていうのがあったら連絡をくださいって言って。
 
連絡が来たものに関しては写真や動画が送られてきます。
 
堀:「この動画は誰が撮ったものですか?」
 
発信者:「私が撮りました。」
 
堀:「そうですか、いつ撮りましたか?」
 
発信者:「今朝撮ったもです。」
 
堀:「そうですか、現場はどこですか?ご住所はわかりますか?」
 
発信者:「はい、お伝えします。」
 
堀:「あのー、よかったら連絡先も教えてもらえますか?」
 
発信者:「もちろんです。」
 
そしてそのあと、電話で発信者の方を話をして、
 
「わかりました。では僕の方で一足先にTwitterとかSNSでどんどん出していきます。」と。
 
そして、情報をSNSで出した後に今度は僕らが現場に訪ねて行って、会うということなんですね。
        
高橋さん
僕も堀さんと岡山県の岡山市北区菅野に行ったときに、情報発信された方と会ってお話聞いたり、「堀さんに連絡して良かったです」と仰ってましたね。
 


  
伝える人になろう講座を始めたきっかけ
 
堀さん高橋さん2  
       
高橋さん
堀さん、そういえば寝てないんですか?全然。昨日、夕方に羽田から帰ってきて。
    
堀さん
はい。
       
高橋さん   
本当は鎌倉の実家に帰るなんて話してたじゃないですか。
    
堀さん     
そうですね。
       
高橋さん     
でも、、、
    
堀さん     
最初、この「出張!伝える人になろう講座 in鎌倉」があるので、鎌倉の実家に帰ろうかなと思ってたんです。
 
それで昨日の夕方にちょっと羽田に着いて、あまりにも疲れていたので、これは家に帰って実家でゆっくりしようかなと思ったんですが、「いやいやいや、やっぱり早く編集して出さなくては」というのがあったので、作業環境のある都内の自宅に帰って作業して。
            
高橋さん   
そう、だから寝てないんだーと思って。
    
堀さん    
今なんかどういう生活をしているかっていうと、朝に番組やってるんですね。東京MXのモーニングCROSSっていう番組なんですけど。
            
高橋さん    
うんうん。
    
堀さん  
そこで番組やって、そのあとに西日本豪雨の被災地に行っているんです。
            
高橋さん    
10時ぐらいに。
    
堀さん   
そうですね、10時過ぎくらいに中国・四国地方に飛ぶ便があるので、そこから現場に入って夕方まで撮影取材をして、最終の飛行機なり新幹線で東京に戻ってきます。
 


 
そこで編集して大体形ができたら放送局にその素材を送って。
 
それだけで終わらず、YouTubeに撮影した動画を上げたり、Yahoo!ニュース個人に載せる原稿を書いたりとかして、大体2時ぐらいに終わるんです。
 
それで朝の5時過ぎくらいに放送局に入って、7時からのオンエアって感じですね。
            
高橋さん 
もう働き方改革とかの真逆行ってる感じですよね。堀さん。
    
堀さん    
いや、本当そうです。
            
高橋さん     
危ない、過労死寸前の。
    
堀さん    
いや、でもね、今踏ん張らずしていつ踏ん張るんだって感じがするんです。
            
組織で働いている時と、フリーランスで働いている時でちょっと違うなっていうのは、それこそ、あれをしなさいこれをしなさいじゃなくて、これをしたいあれをしたいっていう自分の裁量が増えてくるじゃないですか。
            
高橋さん    
うん。
    
堀さん   
本当はこれを言いたいのに、これを我慢しなきゃいけないとか、本当はこういうことをしたいんだけれども、これはできないっていう、その制約が僕にとってはすごくしんどかったんですよね。
 
例えば今の被災地におけるニュースの発信においても、一番引き金となっているのはやはり東日本大震災で、2011年の3月11日に東日本大震災が発生して、そこから原発事故が起きましたよね。
 
僕は当時経済ニュースのキャスターをNHKの夜11時台のニュースでやってたんですね。
 
だから当然、僕としては震災の事をやりたかったんですよ。
 
とにかくちょうどその頃TPPって皆さん、知ってますかね。ニュースでも随分、この数年間言い続けてきました。環太平洋パートナーシップ協定っていう経済連携協定です。
 
そのTPPが出始めた頃だったんです。2010年、2011年と。
 
僕TPPの取材をやっていて、震災が起こるちょうど2、3カ月前に、福島の人たちから「私たちはもし日本がTPPに入ったら、よく農業は壊滅的な打撃を受けると言われますよね。海外から安いものが入ってくるから。でも我々福島県の一次産業はね、打って出ます。」と。
 
「なぜなら、私たち福島県産はすごく良い美味しいものを作って来たにも関わらず、隣のお米はラベル貼り替えて、会津の美味しいコシヒカリが、新潟のお米になっていったり。
 
こんなに美味い肉なのに、隣の山形に競り負けていったり、野菜に関しても全然ブランド化ができていない。」と。
 
「大手流通さんがやって来てね、いや、そのブランド化よりも大量にいつも安定して買っていくからこの値段で良いよねっていう風に言われてきたんだって気がするんです。」と。
 
それで関東の食糧基地っていう風に福島県言われてきたんですね。
 
だから僕らがスーパーに行くといつもね、美味しく、安定して、アスパラが食べられますとか、いつ行ってもここにトマトがありますっていうのは、食糧基地のような福島県の存在があったんだけど、もっときちんと勝ち上がる農業やりたいっていう皆にとってみれば、いやそういうのは期待してないからっていう風に押さえつけられたっていう思いもあった。
 
だからTPPを機に、自分たちで勝てる農業をやっていきたい、と。
            
高橋さん   
追い風にしたいんだ。
    
堀さん     
そう。それで地元の銀行である東邦銀行という銀行があるんですけど、我々は地方銀行の生き残りとしても、農家さんをサポートして、しっかりとコンサルティングして、一緒になって成長しなきゃだめだっていうことで、銀行と農業が、畜産業が、養殖業がタッグを組んだんです。
 
農業経営アドバイザーといって銀行員の皆さまが資格を取って、長靴履いてハウスに入って、「おじちゃんこれいいねぇ、でもね、これね、こういう風にした方がもっと付加価値つくね。」ということを一軒一軒回ってやってたんです。
    
高橋さん
へー。
    
堀さん    
それで僕らは会津の浜通りも中通りも取材に行ってですね、「悲観ばっかりしててもダメなんだ。ここからアジアNo.1の農業地域作りましょう、NHKとしても応援します!」みたいな固い握手を交わして、それを放送して2、3週間後に東日本大震災が起きて、原発がああいうことになってしまった。
    
高橋さん    
意外ですよね。堀さんは震災以降に初めて福島に入ったのかなと思いきや。
    
堀さん     
そういうタイミングだったんですよね。
  
だから責任を持って、その先、「あの美味しいホワイトアスパラガスが、まさかここニューヨークでねぇ」というのを見たいですよね。そこまでお付き合いさせてくださいと、震災以降も福島に取材に行っていたんです。
 
ところがね、テレビ局での地震の報道とか災害の報道って、最初はたくさんやりますけど、「震災から何カ月」とか「震災から半年」とか「震災から何年」っていう日はニュースがバーンと出るんです。
 
必ず一カ月、三か月、半年、一年、そして三年。
 
三年やるともっと今度はガクッと下がっていきます。
 
ところが、現場に日付なんか関係無いですよね。
 
絶えず毎日色んな変化が起きたり、絶えず色んなチャレンジがあったり、絶えず色んな苦労があったり。
 
毎日そんな日付で区切って、今日ここが節目ですなんていうのは無いわけです。
 
特に家族を失ったりしても、何年経ったから区切りですなんて本来無いわけです。
 
だからいつ報道したっていいじゃんって思うわけですよね。あんな大災害なのに。
 
ところが、2011年の暮れに年末ハイライトって言って大体一年の締めくくりのニュースの特番が組まれるんですね。
 
僕の経済ニュースの番組でも特番のオーダーを考えようっていって編集会議を開いたんです。そしたら「いややっぱりあれですよね。2011年のトップはギリシャ信用不安ですよね。」と
    
高橋さん
ええー!
    
堀さん    
皆さん覚えてますかね。当時、今からもう7年前ですけれども、ギリシャが破綻しかけてユーロから離脱するかしないかのとき。
 
リーマンショックに続いて、ヨーロッパ、ギリシャを中心とした景気悪化が懸念されるっていう。
 
どんどんどんどんユーロがやばいから、円の方が安全だろうってことで海外勢がこぞって円を買っている。
 
そしたら円がすごく急騰していって、そしたら日本は製造業が主な産業ですから、トヨタとか、ああいう自動車産業が「こんな円高じゃ儲けが出ないよ苦しいです」って言って政府に一生懸命「円高をなんとか是正してください」ってやって。
 
確かに経済ニュースはそれが当時の花形だったわけなんです。
 
高橋さん   
うーん。
 
堀さん   
そこで僕は「いやちょっと待ってください」と。2011年の年末ハイライトでトップニュースが東日本大震災関連じゃなくてギリシャ信用不安って、僕はやってられません」と言ったんです。
 
高橋さん   
めっちゃ喧嘩したんですか?
 
堀さん    
うん、そうそう。それで何とか、何とか特番の内容を変えたんですよ僕。
     
その時にふと思ったんです。
  
ここに50人くらいの方がいらっしゃると思うんですが、50人がいたら50通りの現場ってあるじゃないですか。
 
高橋さん  
うん。
 
堀さん   
でもニュースって、たまたま取材チームが、「じゃああなたの事取り上げますね。」、「じゃああなたの現場ニュースですね」って言ったものがエントリーされているだけで、それが世の中を形作っている全てかと言われると、それは違うだろうと。
 
だったら個々人の皆さんが、私のニュース、私の地域、僕らの取り組み、これがニュースですって発信していって、それえをきちんと放送局なりメディアとしてインフラを持っているところが出していけばいい。
 
編集したり、撮影したり、いろいろ記事書いたりするスキルっていうのは、当然職業人である僕らは持っているけど、そこはじゃあ、二人でタッグを組んでやっていったらいいじゃないかと思うんです。
 
「撮れないんです、撮ったことないんですよ。」「あぁいいですよご主人、僕一緒に取りますから。」
 
「あー、私全然SNSとか苦手なんですけど。」「じゃあ一緒にアカウント開くところからやりましょう。」
 
「動画の編集機が無いんです」「あーじゃあうちの機材使ってくださいよ。」とか。
 
そんな風にタッグを組んで(ニュースを)出していけばいいのにって思うようになって。
 
それで2013年にNHKを辞めたんです。
 
NHKを辞めた後は、『オーダーメイド取材』を続けています。
 
災害現場に行くとどうしても取材者が取材したい現場、それが結構地元の人たちを痛めつけてしまったり、負担を背負いさせてしまったりすることがあるんですけど。
 
『オーダーメイド取材』はそれとは全く逆の関係で、伝えたい現場を僕らがもっとわかりやすく伝えるっていうことなんです。
 
正にテーラーにこういうスーツ作ってくれない?ってそういう風に着ていただいて、採寸して、生地はこっちの方が良いんじゃないですかとか、きちんと形デザイン作りますね、みたいな。
 
そういう報道の在り方を基に発信しています。
 
ただこれにはすごく双方の関係性が必要なんですね。
 
いくら僕ばかりが気張ってやっても何も変わらないし、「いや、私こそ発信したい」「いや、僕らこそ絶対に伝えたいことがあるんです」
 
そういうことが双方からどんどん上がってこないと、世の中はメディアも含めて変わらないのかなと思うようになったので、こういう形で皆さんと向き合いながらワークショップを始めたんです。
 
堀潤さん2
 
恵比寿で絶大なる力を持っている恵比寿新聞
  
恵比寿新聞スクリーンショット
 
高橋さん  
伝える人になろう講座とは。
    
堀さん   
高橋さんは知る人ぞ知る、恵比寿で絶大なる力を持っている人なんです。
 
高橋さん    
僕、奈良で生まれたんですけど、15で家出しまして。
 
そのまま近畿から四国の高知に家出しました。
    
堀さん    
なんで家出したんですか?
 
高橋さん    
ちょっと高校に入るか入らないかの揉め事があってですね。
 
そんなの、高校なんか行かない!っていうことで喧嘩して出ていったんです。
    
堀さん     
一人で?
 
高橋さん     
よくある家出のシチュエーションですよ。
 
そしたらポケットまさぐったら電話番号が出てきて、昔ちょっと道を聞かれた人が高知の方で、「ありがとう、なんかあったら電話ちょうだい」って貰った電話番号がポケットに入ってたんですよ。
 
なのでそっか、俺、高知行けってことかと思ってそのまま船で(高知に行ったんです)。
    
堀さん   
高知行ったの?奈良から?全然知らない土地ですよね。
 
高橋さん     
そうそう。
 
三年暮らしたんですかね、高知で。時には住む家無いんで、学校の体育館のマットで包まって二カ月くらい暮らしてたりとか。
 
まあでもいろんな方にお世話になり、東京に来てみないかってことで東京に行きました。
 
で、僕DJをやりたくて。夢が。やってたんですけど、1994年くらいに始まって、でも2003年くらいにやっぱりDJでは食っていけないなということで、無職になったんです。
 
その後色々あって、もうすっごい端折りますが、2009年に恵比寿新聞を立ち上げました。来年で10周年なんですよ。
    
堀さん     
おめでとうございます。
 
恵比寿新聞を読んだことありますか。是非チェックしてみてください。webで「恵比寿新聞」って検索すると出てきます。
 
恵比寿でものすごい絶大なる力を持ってるんですよ。
 
グルメの情報とか地域のイベントの情報とかも載ってるんですけど。
 
グルメ情報とか食べログとかあるじゃないですか。皆さんあれ見られる方多いと思うんですけど。
 
恵比寿新聞はそういうお店の人にフォーカスをして、店主が一体どういうバックグラウンドの人で、店主はどういうこだわりでこういう料理を作っていて、そもそも店主はこの地域に対してどんなことを考えていて、という人のストーリーをすごく掘り下げていくサイトなんですね。
 
だから、恵比寿に来てあそこのお店入りたいなと思って調べて恵比寿新聞の記事を読んだ人が、初めて入ったお店なんだけど「あの店主がこんな思いでやってるのか、うめぇなこのチャーハン。」みたいな話になってくるわけですよ。
    
高橋さん    
ですよね。
    
堀さん    
そういうストーリーときちんと向き合っていて、しかも一切広告を取らないっていうwebサイトで。
 
普通Webサイトってクリックされたら広告収入がチャリンチャリンって入るっていうビジネスモデルですよね。
 
あとはそのPRですよね。企業の広告として記事を書いて、そこで収入を上げていくっていうのがWebサイトではスタンダードなんですよ。
 
恵比寿新聞はそれらのエンジンを全部捨て去って、自分が「これはいい」と思ったところしか載せないと。
 
しかも、クリック偏重型のWebメディアとは決別して、別のところでお金の稼ぎ口を作って、Farm(農園)を運営したりとか。
  
Urban Farmers Club
    
『伝える人になろう講座』の名付け親はあの「今でしょ!」の生みの親
 
堀さん
それでね、高橋さんが僕のSOSを察知してくれたんです。
    
高橋さん     
そうそう、2015年のお正月にGoogleの「今年こそ! あなたは何にチャレンジしますか」というキャンペーンがあって、そこに動画をアップしたんです。
 

    
高橋さん 
僕お正月もう正月ボケですよ。もうおせちも飽きたし眠いなぁって思っている時に携帯見てたら堀さんが急に出てきて。
 
「今年こそは、市民ジャーナリストを1000人増やします。今の100人から1000人に増やします」って言った時にもう僕雷が落ちたんですよね
 
何を言ってるんだこの人はって。100人から1000人ですよ。僕も地域メディアやってるんで、記者を増やすってどれだけ大変なことかっていうのがわかったんですよ。
 
そのとき助太刀したいと思ってすぐに「堀さん、一緒に何かやりましょう」って言ったら「何のことですか?」って帰ってきて。
 
堀さん     
はははははは。
    
高橋さん    
堀さん応援します、お手伝いしますって言って始まって。
 
堀さん    
そうなんですよ。
 
だからそういう市民記者を増やそうっていうことに賛同してくれて、出来上がったのがこの伝える人になろう講座なんですけど。
     
でも市民記者っていう言葉が、あまりしっくりこなかったんですよね。
    
高橋さん    
そう。なんか市民と言うとね、なんかちょっとこう、頑張るぞー、みたいなイメージあるよねって。
 
堀さん    
我々は一市民ですから、その市民が伝える、市民が記者になる市民記者なんだけども、過去を振り返ってみると、どうしてもある一定のイデオロギーに基づいて運動する、もしくは、ある一つの大きな権力を倒す、とか戦うっていうそういう歴史もあって。
 
僕はそれはそれで積み上げてきたものだなって思う一方で、やっぱり、「いや、私そんなつもりじゃないんだけど。世の中にちょっと不満はあるけど、そんなにいつも戦いたいとかいうわけじゃないし」ていう意見もあったりとか。
 
「あれ、なんか結構怖い人たちなのかもな」とか。
 
残念ながらその市民記者って言葉のイメージが付きすぎちゃってるから、もっとこうフラットな感じのものはないかなって思った時に、高橋さんの友達のコピーライターで阿部広太郎さんていう方に出会って。電通のコピーライターやってるんですよね。
    
高橋さん   
そう、あの東進ハイスクールの「今でしょ!」っていうコピーは皆さんご存知ですか?まぁ皆たぶんテレビで1回は見たことあるんじゃないかと思います。
 
あの「今でしょ!」っていうキーワードを引っ張り出した人です。
 
堀さん     
その阿部広太郎さんに「こういう構想があるんだけど、良いネーミング無いかな」って相談したところ、
 
阿部さんがもういつの間にか僕の経歴から僕が書いた本を知らない間に全部読んでくれて、お手紙をくれたんですよ。
 
「確かに悔しいけれど市民と言う言葉には色々な色が付いてしまっています。」
 
「そこで僕は考えました。もっと皆が参画して、皆が発信して、皆で一緒に社会を作れるような言葉。
 
「伝える人になろう」
 
と考えてくれて。それはすごく良いね、となり『伝える人になろう講座』が始まったんです。
 


 
・・・
 
後編へ続きます。

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